ライン

山のアルバム バックナンバー 8



心に残った光景、季節の様子など、登山中のひとこまを載せています。

2013.1.3から2013.12.30までのデータを保存してあります。




これ以降のデータは山のアルバム バックナンバー9」に掲載しています。










 石尾根の雪道を歩きたい。 しかし今の自分にとって、そこに至るまでにはハードルがありすぎる。 悩んだ末、手近なところで、河内ダムから大ブナ尾根を使って御前山まで登ることにした。
 はじめはソーヤの丸デッコまでとの計画だった。御前山に登ったあと、折り返して丸デッコまで行くには、今の自分の体力ではもたないからだ。 ところが、だましだまし大ブナ尾根の急登をたどって行きついた惣岳山では、そんな計画はしぼんでした。
 せめて御前山だけでもと、山頂まではアップアップでピストンした。 人によってはハイキング程度の山なのに、これが自分にとっての現実だし、限界の山らしい。
 写真上は、惣岳山近くの大ブナ尾根の急登から見た鷹巣山から雲取山。 歩いてみたかった石尾根が望める。
 下は、雪面で見かけた小動物の足あと。 雪の上を軽々と飛び跳ねている様子が姿が目に浮かび、少しうらやましい。
(13.12.30)








 都心でも雪が降った。奥多摩は当然雪だったろう。 真っ白な石尾根を踏みしめてみたいという気持ちはあった。しかし、今の自分の体力では北アルプスのように遠い存在だ。 それでも山は歩きたい。
 手っ取り早く、神奈川側から陣馬山に登り景信山まで歩くことにした。 登り始めは青空が広がっていたが、すぐに雲にお覆われ富士も見えなくなった。
 日差しのない山頂は冷える。 北高尾山稜の向こうに、都心のシルエットが蜃気楼のように浮かんでいた。
(13.12.23)

冬枯れの山道



 石楯尾神社前から生藤山への山路をたどる。
 三国山へ至るまでに何人の人たちに追い抜かれたことだろうか。こんな歩行ペースになってからかなり時間もたったのに、追い抜かれることにはなかなか慣れない。
 三国山から連行山への稜線は冬枯れの広葉樹の木立が続き、見通しがきく(写真は連行峰側から振り返ってみた茅丸)。登りのきつささえ忘れさせてくれるほど、歩き心地がいい。
 下山に使った三国峠道(万六尾根)も似たような雰囲気を持っているが、数か所ある小さな登りに泣かされた。
(13.12.15)


















 岩茸石山を経由して棒ノ折山まで行き、名栗に下りる予定だった……。
 山に登るペースも体調も、だんだん落ちているような気がする。 高水山に登るとき、いや、一般道を歩いているときからハイカーに抜き去られる。
  足は重い、息は切れる。登りでは何回も立ち止まらなければ進めない。 息も絶え絶えで岩茸石山に登りついたとき、すでに予定はご破算にしていた。
  たどり着けなかった頂を写真におさめ、負け犬のような気分で御岳駅方面に下った。
(13.12.8)













 高尾山は平日に行っても混雑しているらしい。まして紅葉の時期ともあれば混雑はピークに達しているだろう。
 そんな高尾山を避けて、東高尾山稜から南高尾山稜を歩く。草戸峠からはその高尾山南面が指呼の距離にある。
 紅葉が山頂から山腹にかけて広がり、杉木立の緑とのコントラストも悪くない(写真上)。 中沢山近くの見晴台からは眼下に津久井湖が横たわり、彼方には丹沢山塊や富士の頭が望める(写真下)。 ここには何回か来たことがあるが、見飽きることのない眺めだ。
 このあと小仏城山まで歩く。毎度のことだが、息はあがり、立ち止まることのなんと多かったことか。
(13.11.29)
















 湯ノ沢峠から大蔵高丸に登る。
 快晴に恵まれた山頂からは富士山と南アルプスの絶景が、贅沢なまでに望むことができた。
 山裾からおのれの足で登ってこなかったことのうしろめたさも忘れて眺めいった。
(13.11.22)












 雁ヶ腹摺山に登る。
 紅葉の終わりかけたこの時季、富士と筋雲の絶妙な光景に出合ってから何度か訪れたが、未だその光景に再会したことはない(「山のアルバムBN3」07.11.4参照)。
 今回もまた空振りだった。 富士は頭を出してくれたが、上空はのっぺりした快晴(写真下)。 大菩薩連嶺の南部の山稜が望めたことでよしてしよう(写真上)。
(13.11.6)


白駒池





 麦草峠から丸山を経て高見石へ。
 高見石から望む白駒池は、「北八ッの瞳」と言うにふさわしい輝きと深みをたたえている(写真上)。 高見石から白駒池湖畔まで下り、湖周を廻る。 紅葉の季節はすでに終わっていたが、華やかさがないぶん湖面の静けさがきわだつ。
 いつまでも佇んでいたかったが、晩秋の気候はそれも許さない。 歩き出すことで、体を中から温めなければならなかった。
(13.10.31)









 今年は台風の接近が多い。今度は台風27号が通り抜けた。 朝一番で、定番の日の出山に登ってみる。
 山頂からは、新宿の高層ビル群から横浜を経て相模湾までくっきりと見渡せる。
 山頂でコーヒーを飲みながら展望を存分に楽しんだあと、山を下りる。
 昼前には自宅に戻っていた。
(13.10.27)










 台風26号が去った翌日、棒ノ折山に登ってみた。
 台風一過のさいには、自分の中では日の出山が定番だが、今日は体調の確認も兼ねてここにした。
 期待したほどには晴れ渡らなかった。それでも、冷えた大気と、よどんだ空気が強風によって吹き飛ばされたため、展望は満足いくものになっていた。
 あわせて、この日出会った唯一のハイカーが、いつもお世話になっている人だったという嬉しいおまけまであった。
(13.10.17)











 ロープウエーを使って八海山を歩く。
 呼吸は相変わらず苦しい。少しの登りで息が切れ、立ち止まってはまた歩き返すというありさまだ。
 女人堂を過ぎると、八海山の第1峰目の薬師岳がガスの間から姿を現した。斜面は草紅葉になりかかっている(写真上)。
 千本槍の避難小屋を過ぎて地蔵岳に登る。 振り返れば薬師岳。紅葉も始まっている。その向こうには越後平野が広がる(写真下)。
 今日はここまでだ。 八海山を歩き通すのはかなわなかったが、これが今の自分の実力。現実を素直に受け入れよう。
 ゆっくりしとした歩みで復路をたどる。
(13.10.10)



ひと










 赤城の鍋割山には、これまで3度ほど来たことがある。いつも荒山に登り、ひさし岩を廻ってから鍋割山に登ったものだ。
 今回は初めからそのコースは考えの他だった。もちろん体調ゆえにこと。 とりあえずは荒山に向かい、鍋割山の展望を楽しんだ後はピークを目指さず、引き返して鍋割山に向かう。
 荒山と鍋割山の鞍部にあたる荒山高原からは登りになるが、いったん稜線に出てしまえばそれほど急な登りもなく、2つか3つの小さなピークを越せば鍋割山に至る。
 鍋割山からの関東平野の展望(写真上)は豪儀なものだが、前出の稜線歩きももうひとつの楽しみである(写真左)。
 鍋割山からは得られない榛名山から谷川岳に至る西から北西方面の眺望もある。天候さえよければ、空の路を行くような解放感とのどかさがなによりの醍醐味だ。
(13.9.27)












 行く前から緊張感を味わう。登る山は鷹巣山だ……。
 駅の階段を登るのに息がきれてしまうようでは、どだい登る資格はない。 ダメなら途中から戻ればいいと、自分を強引に納得させる。
 無理を承知で行くのだから、どれほどダメなのか、きついのか、それを試せばいいと半ば開き直った気持ちもあった。
 足取りは初めから重い。休みやすみ進む。
 浅間尾根まで、石尾根までとゴールを先に延ばしながらも、なんとか頂上に到達した。
 以前の1.5倍はかかっている。
 もう一度来れるだろうか。来る気が起きるだろうか。
 山頂からの眺めをしっかり瞳に焼き付けてから山を下った。
(13.8.29)

峠まで





 歩くペースもスタイルも変えねばならないと思っていた。
 頭では分かっていても、周りの登山者や旧弊にこだわり、なかなか思い通りにはならない。
 山をあきらめてしまえば楽なのだが、まだその境地にはほど遠い。
 登ることが楽しみではなくなった。またあの苦しさがあるのかと思うと山に行くのにためらいを覚える。 それでも、今日も出かけてきた。
 ゆっくり歩くのだ、きつくなったらすぐに立ち止まればいいのだ、と自分に言い聞かせる。 幸い周りに登山者はいない。自分の体に思いをしみこませるように足を出す、歩みを止めるの繰り返し。
 ゆっくりでも、あきらめさえしなければ目標に到達する。 石丸峠(写真上)、今日はここまで。ピークは目指さない。
 1500mを超す山は久しぶりだ。 正面には小金沢山と富士山が見える(写真下)。
 風が心地よい。空気が澄んで、空は秋のようだ。
 草原での時間はゆったりと流れる。
 草花の撮影などして、来た道を下る。
(13.8.20










 御岳山ロックガーデン(岩石園)の七代の滝。近くの岩肌にはイワタバコがしがみつくようにして咲いている。
 もう山にはむかない体力になっているのに、必死になって出かけている自分を見るようだ。 ……そんな言い方をされたら、イワタバコが怒るかもしれないが。

 今日も、登る足取りは滞りがちだった。
(13.8.8)





|






 御岳沢から岩石園(ロックガーデン)を経て大岳山に登る。
 実は、このコースをとるのも、岩石園を歩くのも初めてだった。 七代の滝・綾広の滝もいいが、なによりもこのコースは夏向けだ。
 稜線に出るまで、ひと時の涼感を楽しめた。
(13.7.14)














 先週行きそびれた秩父御岳山に再チャレンジする。強石から登り、贄川宿方面に下りる。稜線までの登りもきつかったが、稜線に出てからのツメも苦しかった。下りで更にアップダウンがあったらたまらないなあと心配したが、そんなことはなく助かった。
 昨日、梅雨明けの発表があったばかり。日影はまだしも、日差しのあるところは腕が焼けるようだ。
 山頂からは三峰山や雲取山が一望のもとに見渡せる(写真上)。この角度から両山を見たのは初めて。その右側には和名倉山が横たわっている。なかなか圧巻の眺めだ。
 下山時、タツミチ近くの稜線でカモシカを見かける(写真下)。 かなり近くまで寄っても逃げない。初めは若い個体で警戒心も薄いのではないかと思ったが、どうもおかしい。
 よく見ると腰から下が妙に崩れ落ちていて、警戒姿勢さえとっていない。 足を挫いたか、猟銃にやられたのでなければよいがと思いつつその場を離れたが、気になって仕方がなかった。たとえそうであったにしても、自分にはどうしてあげることもできなかっただろうが……。
(13.7.7)











 秩父御岳山をねらっていたが、飯能あたりから小雨がちらついてきた。
 正丸トンネルを抜けたころにはやんでいたが、地面はぬれている。この先進んでも明るい見通しは持てそうもない。引き返して正丸駅で降りる。手っ取り早いところで伊豆ケ岳を目指すことにした。
 ペースも遅く、ガスに巻かれて視界がきかず、視線は間近のものにさまよう。 この天候では男坂を登っても何も見えない。
 女坂では、崖を流れ落ちる滝のような草を見た。
 草の名前は分からないが、飽きずに眺めていた。
(13.6.30)









八王子城跡から北高尾山稜を経て相模湖まで歩く。
 人から追い抜かれるのももう慣れたが、できればマイペースで歩きたい
  陣馬高原下に向かうバスに比べれば乗客は少ないものの、このコースでもゼロというわけではない。 降車した人たちにはなるべく先に行ってもらうようにしたが、全てというわけにもいかず、八王子城の本丸跡に到達する前に後発組や近所のお散歩愛好家にみごと抜き去られた。
 北高尾山稜を歩くのは何年ぶりになるだろう。かなりの時を経ていて、記憶の中にあるそれとはずいぶん趣を異にしていた。
 途中、展望の良いピークはほとんどなく、ひたすらアップダウンが続く。それでも富士見台からは(富士は見られなかったが、)城山が(写真上)、杉沢の頭あたりからは景信山が(写真下)木の間越しに望める。
 堂所山を過ぎれば高尾・陣馬の銀座通りだ。山ガールや山ボーイに道を譲りつつ明王峠に達し、足を引きずりながら与瀬神社に向かって下った。
(13.6.23)












 梅雨の合間を盗むようにして達磨石から三ッ峠に登る。
 相変わらず、ナメクジが這うようなペースである。
 登っている最中から「ドーン、ドーン」と遠くで雷のような音がする。平日だからか、自衛隊が忍野のあたりで大砲を撃っているのだろう。これでは世界遺産もなにもあったものではない。
 この登山道は途中にいくつもの石碑や供養塔、、「八十八大師」などの石仏があり、古い歴史を感じさせる。
 八十八大師といえば、前回来た時には草原の斜面に点々と散らばっていたが、今回は整然と数段の横並びになっていた(左写真)。行政で手を加えたものだろうが、少し味気なくなってしまった。
 山頂からの展望は、上空に雲が多かった割には優れたものだった。富士はいうに及ばず、山中湖から南アルプスまで見えていた(上の写真でははっきりとしないが……)。
(13.6.18)











 落合の集落からハンノキ尾根を使って黒川・鶏冠山に登る。いつもは柳沢峠から入るのだが、今回初めて落合から歩いてみた。
 路はなだらかな登りで、障害をかかえた自分にも歩きやすい。しかも自然林に囲まれた登山道は明るい雰囲をたたえている。
 陽の光を浴びて、ウリハダカエデやハウチワカエデ葉が陽に輝いていた(写真上)。
 黒川山の見晴台からは大菩薩嶺や富士(写真下)、奥秩父の山並みが見渡せる。梅雨に入ったわりにはからっとした空気のお蔭で、すっきりとした展望が得られた。
(13.6.1)










 千本ツツジにあるヤマツツジとズミの花の競演を楽しもうと、浅間尾根を登る。
 尾根筋は緑のスクリーンが下りたようで、息苦しいほどだ。
 ヤマツツジのオレンジが画竜点睛といった趣で輝いていた。 しかし、この辺りでヤマツツジが開いているということは……。幸先の悪さを感じた。
(13.5.27)












 正丸峠方面からの伊豆ケ岳の登りには男坂と女坂がある。
 男坂は岩場なので(と言っても鎖がついていて、さほどの危険性はないが、)登山者は敬遠しがちだ。しかも「事故は自己責任」とか、危険なので女坂を勧める看板などを見れば、多くの登山者が男坂を避けたくなる気持ちもわからないではない。
 確かに混雑すれば落石等の危険性がないとは言えない。それでも伊豆ケ岳に来て男坂を登らないのは価値を半分下げてしまうことになる。
 岩登りの楽しさはさることながら、ここから眺められる風景はこの近辺では得難い(山頂からの展望は、灌木が生い茂っていて良好とはいえない)。 南は三ッドッケから大平山、近くは妻坂峠から大持山・小持山を経て武甲山へ続く稜線が見渡せる。二子山の向こうには上越方面の雪を頂いた峰々も望める。
 どうしても岩場を登りたくない人は、山頂方面から男坂に向かい、最上部の岩場に立つだけでもこの景色を眺められる。男坂に向かう途中に進行を妨げるロープが渡してはあるが……。
(13.5.17)










 4月にたどり着けなかった生藤山に西から到達しようと、先ずは上川乗から浅間峠を目指す。
 虫が這うようなもどかしい歩みだ。
 浅間峠から先は自然林が多くなる。 里では青空がのぞいていたが、山頂部の雲はなかなか切れず、薄く霧がかかったような状態になっている。樹間の登山道は緑のベールに覆われた風情だ。
 少し湿った大気とともに、新緑の精が体に染み入ってくる。
 熊倉山あたりから雲が切れ、日差しが出て新緑が一層輝きを増したが、体が呼応するほどの感慨はなかった。
(13.5.12)









 倉見山(山梨県西桂町)に登る。今年の3月5日(「山のアルバム」13.3.5参照)以来だ。
今年、富士山が世界遺産への登録となりそうだ。
地元の人々はいざ知らず、個人的には嬉しいとは決して思わない。
いたずらに観光客が増えるばかりであろう。
ご本人は知ってか知らずか、頭を雲隠れしていた。
(13.5.5)


調




 曲ケ谷北峰から日向沢の峰に至る防火帯のある尾根の名前は何というのだろうか。
 緩い(場所によっては緩くもないが、)アップダウンのあるこの尾根道は、季節を問わず楽しめる。特に春の花と秋の紅葉は気に入っている。
 息切れが激しい体調であるもかかわらず、やって来たのはそんな理由からだった。
 結果的にはアカヤシオ・フイリフモトスミレなどを見ることができたが、たとえそれがなくとも良かった。
 この風景の中を歩くだけでも十分な満足を得られただろう。体調が悪いからこそそう感じるのかもしれないが……。
(13.4.29)












 群馬県の十二ヶ岳には、北と南と西からの登山口がある。いずれも標高700mぐらいまで車で行けるので、1時間から1時間半ほどで山頂(写真上)に立てる。
 今回は西側の登山口から取りついた。あわよくば中岳・小野子山(写真下)までピストンしようと考えていた。ところが雪のため十二ヶ岳がやっとだった。
 前日東京で降った雨は、季節外れの強い寒波の影響で当地では雪だったらしい。 積雪量はそれほどでもなかったが、車が当初予定していたところまで入れなかったのと、融けだした雪がスリップを誘い下山に思いのほか時間がかかりそうだった(軽アイゼンも持ってなかった)こと、穴が開きかけた靴に融けた雪がしみ込んできた(これほどとは思わず、靴の選定を誤った)こと、などの理由で先行きを中止した。
 もっとも、これだけの理由を並べる前に、体力的に不可能だったかもしれない。
前項(「たどり着けなかった頂」)の例をたどれば、悔しいがその方が真実に近い。
(13.4.22)















 東尾根を使って景信山に登り、陣馬山・生藤山を経て檜原に下りるつもりだった。
 いつものスローペースだが、比較的尾順調に歩けたのは小下沢分岐あたりまで。一般登山道に出てからは、胸は苦しく息が切れる、足は重く上がらない。まるでヒマラヤの高峰を歩いているよう(行ったことはないが……)だ。
 山ガールやタウンシューズのハイカーらに道を譲ることもしばしば。
 考えてみれば東尾根でもそうだったのかもしれない。周りに人がいないだけに無自覚でいられたのだろう。
 何とか陣馬山にたどり着く。山頂から眺めた生藤山(写真)のなんと遠くに感じられたことか。
 それでも気を取り直して和田峠から稜線を登り返したのだったが、連行峰に至る前にリタイア。和田の集落に逃げた。 ……。 今日はたまたま体調が悪かっただけだ、と思うことにして、また次の山行計画を立てよう。
(13.4.14)










 高尾駅から四辻・草戸峠を経て草戸山に至る。
 このルートでは何度か路を間違えた。
 初めは、高尾山口からの取りつきを誤り、谷筋を無理やり這い上がった。
 二度目は、高尾山口に向かうつもりが草戸山で分岐を間違え、大沢地方面に降りてしまった。
 何かと因縁深い山だが、標高も高くなく親しみやすいところだ。。
 草戸山までのルートでは、高尾山を正面に望める草戸峠が、賑やかな草戸山よりくつろげる。
 この季節、高尾山も春のやわらかな空気に包まれている感じがする。
(13.4.1)












 青梅市多摩川南岸の丘陵を梅郷から天祖神社までを歩く。
低山だからあまり見晴らしは期待できない。それでも途中にヶ所展望を得られる所がある。天狗岩と赤ぼっこだ。
 「赤ぽっこ」とは変わっ地名だ。「日向ぼっこ」などから連想するに「ほっこりと暖かいところ」というイメージがある。でも「赤」は何だ……。
 閑話休題。 天狗岩は名前の通り小さな岩峰だ。いっぽう赤ぽっこ(写真上)は小高くなった見晴らし良い林という感じ。最近周りが伐採されてさらに展望が良くなっている。
 西や北に関してはどちらも同じような展望が得られるが、赤ぼっこの方は東にも開けていて、青梅・東京方面が良く見える。
 写真下は赤ぼっこからの展望。青梅線でいえば、宮ノ平から軍畑あたりまでの青梅の街並みが箱庭のように望める。その北側には、高水三山もはっきりと見えている。
(13.3.22)








 小仏城山から大垂水峠に至る南東稜をたどろうと、まず景信山に登ってから、スタート地点の城山に至る。
 このコースは前回歩き損ねていたので、是非踏んでみたいと思っていた。
 2ヶ所ほど急な下りがあって、登りだとさぞきついだろうな想像しながら歩く。
 大垂水峠でのバスを予定していたが、待ち時間が1時間以上もある。待っているのももったいないので、前回登りに使った南高尾山稜を下ることにした。
 前とは逆コルートとはいえすでに歩いたコースだし、低い山で気を許していたこともあったと思う。草戸山で路を違えた。
 高尾山口に向かっているつもりが、町田市の大地沢に向かっていると気づいたのはかなり進んでから。戻るのもかったるいし、そのまま進むことにした。 30分ほどで大地沢青少年センターに着く。
 そこから少し下った所には、どことなく懐かしいような山村の風景が広がっていた(写真)。拾いものでもしたような思わぬ収穫だった。
 教訓 : 逆説的だが、遭難は高山より低山の方が起こりやすい。前回の路違えも含めての反省である。
(13.3.17)












 南高尾山稜を通って小仏城山まで歩く。
 このコースは初めてだった。にもかかわらず地図をよく見ていなかったために、取りつきを誤ったり、城山に直登するルートを取れなかったリした。それにもかかわらず、ここ高尾南山稜には好印象を抱いた。
 三沢峠までは小さなアップダウンがあるが、その先はまき道もあって歩きやすい(大洞山へは登りが始まる)。城山湖近くに住む人々の散歩コースにもなっているようだ。
 中沢山手前には津久井湖が見下ろせる好展望の地もある(写真上)。こんぴら山から先には笹尾根を思わせるやさしい雰囲気を持ったところもある(写真下)。
 高尾山が俗塵にまみれようとしている今、ここはもっと注目されてもいい。……が反面、注目されたくもな気持ちもある。
(13.3.12)










 倉見山は初見の山だ。
 敬意を表して(?)車を使わず、富士急行線の東桂駅から寿駅まで歩くことにした。
 山頂からの富士山の眺めが素晴らしいとの事前の情報を得ていた。確かに絶景ではあったが、南アルプスは木立に邪魔されて見にくい。
 山頂から少し下った見晴台のほうが、富士山にしてもすっきりと見渡せる(写真上)。 南アルプスは相定ヶ峰に向かう途中のコルからの見晴らしが良い(写真下)。
 クマガイソウの群生地としても有名らしい。もっと暖かくなったらまた来てみよう。
(13.3.6)














 御前山を桧原村の藤原から登り、奥多摩の栃寄に下る。
 南に位置する陣馬尾根は早春の装いだった(写真上)が、北面の尾根はまだ雪がたっぷりと残っていた(写真下)。
 風もなく温暖な気候だったので、ソウヤノ丸デッコでは久々にのんびり過ごすことができた。
 気温が高いわりには展望もきき、富士山もしっかり見えてる(写真中)。
 御前山では猟犬の迷子に付きまとわれるというおまけがついた(トップの写真)。 高川山のピッキーを思い起こしてしまい、いつもはあまり食べない昼食のパンを二人(一人と一匹?)で分け合って食べる。
 件の犬は栃寄の集落近くまでついてきたが、再び山の中に消えた。
 下山後、首輪にあった連絡先に知らせておいた。早く見つけてもらえるとよいが……。
(13.2.28)



















 もっと間近で見てみたい……。
 高尾山で感動したダイヤモンド富士を、竜ヶ岳のような近場で拝みたくなり、またまたはせ参じてしまった(山梨・鉄砲木ノ頭)。
 近くに来たからといって太陽の大きさが変わるわけではない。変わるのは富士山の大きさ。それに周りに何もないというのも魅力の一つではある(写真左上から時計回りに変化)。 しかし、高尾山の時のような感動にいまひとつ欠けるものがあった。
 欠けるものの由来が、初めての体験と比較してのものなのか、それとも近すぎるゆえのものなのか。はたまた手軽に体験できたことによるの減殺か……。
(13.2.24)








 高川山に登るのはいつも初狩方面からだった。
 今回は大月方面からむすび山に入って、東の尾根を伝ってみることにした。このルートだと、ずっと高川山を目にしながら登ることができる。
 相変わらずすぐに息が上がってしまう。目標が眼前に提示されることが、かえって負担になる。ルートの利点も当人次第ということか。
 登り始める前、カメラを持参し忘れたことに気づいた。携帯の電池も心もとない。少しでも保たせるためにカメラを起動するとき以外は電源を切っておいた。
 努力のかいあって、かろうじて2枚だけ撮影することができた。それがこの写真とトップの風景。
 山頂にはたくさんの登山者(中高年が多い……かくいう自分もその仲間)が休憩している。
 ピッキーがいなくなった山頂。撮るべきものがそんなにたくさんあるわけではない。負け惜しみを心の中で呟きつつ下山した。
(13.2.17)









 もう二十年近くも昔たが、初狩から鶴ヶ鳥山を経て三つ峠まで歩いたことがある。無雪期だったが、アップダウンの繰り返しにバテバテになった記憶がある。
 今回は笹子発着の清八山と本社ヶ丸を廻る周回コースだったが、その時以上に体力の消耗に泣かされた。
 その昔も、ここ本社ヶ丸からの眺めに疲れを癒された。
 遠い記憶ではある。
(13.2.11)












 品のない表現で申し訳ないが、スカートはいて上半身裸ではないかと思えるほど「見事に」凍っていなかった百尋の滝(写真上)。
 考えてみれば、流れる水が凍るのだからおいそれと実現しないとは想像できる。それにしても、もう少し色気を見せて見せてくれても良かっただろうに……。
 このあと川乗山に向かったが、悲しいぐらいの超スローペース。息が切れてペースが上げられないのだ。限界に近づいているのか……、そんな思いがよぎる。
 写真下は百尋の滝近くで見かけた氷の光景。
(13.2.1)














 何年かぶりで丹沢を歩いてみようと、小田急線の渋沢の駅に下りる。7時になったばかりだというのに行列ができている。さすがは丹沢だと感心させられる。
 大倉まではバスで10分ほどの行程。バスを降りるとほとんどの人は大倉尾根に行ったようだ。心細い思いをしながら、ひとり周回コースを取るために三ノ塔尾根に向かう。
 尾根を登っている最中からすでにバテがきてしまった。
 三ノ塔から塔ノ岳方面を眺めやる(写真上)。体力のない身にとって、塔ノ岳は遙か彼方だ。本当にたどり着くのだろうかとすら思えてしまう。 じっさい、アップダウンの続く表尾根では、途中何回も立ち止まって息を整えなければならなかった。そんな時、間近に見える相模湾が太陽の照り返しで輝いていたりすると疲労感がいくぶんやわらぐような気がする(写真下)。
 三ノ塔から3時間以上かけてなんとか塔ノ岳山頂に到着。途中から見た富士山はずっと天辺を雲に隠していたが、ここでも同様だった。奥多摩からの展望ではいつもその秀麗な全身を晒していたのに、近くによると顔を隠してしまうなんて、恥ずかしがり屋さんなんだな富士山は。
(2013.1.26)







 日原から稲村尾根を使って鷹巣山(写真上)に登る。 踏み跡はあったが、雪が多くけっこう苦しめられる。体力のなさを思い知らされた。
 帰路は石尾根を使って奥多摩に下りる。稜線伝いに進んだが、こちらも雪はたっぷりあった。写真下は城山付近。
(13.1.20)

爆弾低気圧




 急速に発達した低気圧が本州の南海上を進んだ影響で、日本列島の本州各地は大雪となった。これを爆弾低気圧というらしい。
 本州に「爆弾」が落とされるのは大東亜戦争末期以来だから、出かけない手はない。
 先に日の出山に出かけたのは台風一過の時(12.10.1)だ。それほどここは勝手のいい山ということになる。
 山頂にはたっぷりと雪が積もっているが、写真で見てもわかるように、里のほうはあまり白くない。現に電車を降りた武蔵五日市駅あたりから、バスでたどり着いた日の出町松尾にかけては、大した積雪は見られなかった。むしろ都心の積雪のほうがすごかったくらい。低気圧が南方を通過したせいだろう。
 それでも山頂付近に近づくにつれて雪は深くなってきた。30pから40p、吹き溜まりでは膝を越すほど。先行者はいない。体力のない自分にとってはかなりきつい難行だった。
 踏み跡がない状態は御岳の集落まで続いた。
 集落では雪かきに総出の様相で、お気楽に山登りしているのが少々心苦しく思えた。
(13.1.15)

雪と氷





 作場平に車を停めて、ヤブ沢峠経由で笠取山に登る。
 今日はいつもより息がきれやすい。きつい登りの時は、数歩あゆんでは、呼吸を整えつつ足を出す。
 それでも、笠取山直下の雪の原は開放的で気持ちがいい。カラマツの疎林もいい雰囲気をかもし出している(写真上)。
 ヤブ沢では、かわった氷のかたまりが細い流れの上で見られた(写真下)。なかには、時の流れが一瞬にして止まったかのような美しいものもあった。
(13.1.10)









 大クビレを境にして、兄弟のように東西に向かい合う会う山、鷹巣山と日陰名栗峰。 峰谷方面からやってきた人は、ほとんどが鷹巣に向かう。そこから見える山々や街の景色はほとんど同じだから、無理もないとは思う。
 それでも、見え方や周りの様子が微妙に異なる。その微妙な差が好ましく、時間と体力に余裕のある時はあえて日陰名栗峰にも登ってみる。
 奥多摩湖に架かる真っ赤な峰谷橋はここからでないと見えない。雲取山に至る石尾根も、ここからだと一望のもとに見渡せる(写真)。カヤトの原の向こうに広がる遠近の山々も捨てがたい。
 今日は雲が出ていて見えなかったが、南アルプスの雪をかぶった連峰も遙かに望める。
(13.1.3)



これ以前のデータは「山のアルバム バックナンバー7」に保存してあります。

                



トップ アイコン
山のページ保存版
アイコン
山のアルバムBN.13
山のアルバムBN.12
山のアルバムBN.11
山のアルバムBN.10
山のアルバムBN.9
山のアルバムBN.8
山のアルバムBN.7
山のアルバムBN.6
山のアルバムBN.5
山のアルバムBN.4
山のアルバムBN.3
山のアルバムBN.2
山のアルバムBN.1

アイコン
山の花BN.13
山の花BN.12
山の花BN.11

山の花BN.10
山の花BN.9
山の花BN.8
山の花BN.7
山の花BN.6
山の花BN.5
山の花BN.4
山の花BN.3
山の花BN.2
山の花BN.1

アイコン
山の掲示板BN.3
山の掲示板BN.2
山の掲示板BN.1

アイコン
山の本

アイコン
山の壁紙