山のアルバム バックナンバー 11



心に残った光景、季節の様子など、登山中のひとこまを載せています。

2
016.1.21から2016.10.16.までのデータが保存してあります。
ライン


これ以降のデータは「山のアルバム バックナンバー12」に保存してあります。

湯ノ沢峠









 国道20号(甲州街道)から景徳院方面へ行く県道218号線に入り、北上する。天目山温泉を過ぎた先を右折して焼山林道に入る。高度を上げつつ林道をしばらく走ると、途中上日川方面に進む林道を左に分ける。荒れた路面に注意しながら進むと湯ノ沢峠に至る。通い慣れた道だ。
 林道はここで終点。標高は1652メートルとある。ここには駐車場ができる広場やトイレもある。広場は、すでに先着している車でいっぱいだ。なかにはテントを張ってくつろいでいる人もいる。誰でも来られるとこういうことになる。そのおかげで自分のような者も楽して来られるわけだから、複雑な気分ではある。
 空きスペースを探して駐車する。今日は友人とやってきた。ぼくの「散歩」付き合ってもらうことになる。「登山ではないよ」と事前に何度も了解を取ったが、やはり心苦しい。「ぼくはその辺でお茶でも飲んでいるから、好きなところまで登ってきてもいいですよ」と申し出ても、友人は遠慮して同行してくれる。ありがたいことだ。
 湯ノ沢峠近くの草原は、春や夏であればお花畑として様々な花が見られるが、この季節では見られる花も限られている。それでも遠くに連山を望める枯れた草原の風景には味わいがある。気のきいたカメラマンなら素敵な構図でこの風景を切り取ることだろう。
 草原の中ほどには露岩があって、休憩するのにちょうどいいスペースになっている。ぼくらもそこに陣取って休憩タイム(というほど歩いてないが……)とする。コーヒーをいれ、軽食をつまむ。なかなか優雅なひと時だ。
 西には南アルプス連峰や八ヶ岳連峰が遠く横たわって見える(写真上)。前に来た時には到達しえた大倉高丸(写真左上)が南に、北には白谷丸(写真左中)が秋空に頭を持ち上げている。東に目をやれば、大月方面の谷筋に川霧がかすかに沈殿しているのが見られた(写真左下)。
(16.10.16)









 国道20号(甲州街道)から景徳院方面へ行く県道218号線に入り、北上する。天目山温泉を過ぎた先を右折して焼山林道に入る。高度を上げつつ林道をしばらく走ると、途中上日川方面に進む林道を左に分ける。荒れた路面に注意しながら進むと湯ノ沢峠に至る。通い慣れた道だ。
 林道はここで終点。標高は1652メートルとある。ここには駐車場ができる広場やトイレもある。広場は、すでに先着している車でいっぱいだ。なかにはテントを張ってくつろいでいる人もいる。誰でも来られるとこういうことになる。そのおかげで自分のような者も楽して来られるわけだから、複雑な気分ではある。
 空きスペースを探して駐車する。今日は友人とやってきた。ぼくの「散歩」付き合ってもらうことになる。「登山ではないよ」と事前に何度も了解を取ったが、やはり心苦しい。「ぼくはその辺でお茶でも飲んでいるから、好きなところまで登ってきてもいいですよ」と申し出ても、友人は遠慮して同行してくれる。ありがたいことだ。
 湯ノ沢峠近くの草原は、春や夏であればお花畑として様々な花が見られるが、この季節では見られる花も限られている。それでも遠くに連山を望める枯れた草原の風景には味わいがある。気のきいたカメラマンなら素敵な構図でこの風景を切り取ることだろう。
 草原の中ほどには露岩があって、休憩するのにちょうどいいスペースになっている。ぼくらもそこに陣取って休憩タイム(というほど歩いてないが……)とする。コーヒーをいれ、軽食をつまむ。なかなか優雅なひと時だ。
 西には南アルプス連峰や八ヶ岳連峰が遠く横たわって見える(写真上)。前に来た時には到達しえた大倉高丸(写真左上)が南に、北には白谷丸(写真左中)が秋空に頭を持ち上げている。東に目をやれば、大月方面の谷筋に川霧がかすかに沈殿しているのが見られた(写真左下)。
(16.10.16)









 北海道に出かけた。利尻島では花を見ただけだったが、札幌では藻岩山に登った。「登った」と言っても、車とケーブルで運んでもらっただけ。海岸線から直接利尻岳に到達した元気は最早ない。それでも藻岩山山頂からの眺めは素晴らしかった。ここからの夜景は函館山からのそれをを抜いて、新三大夜景になったのだとか。
 北海道最終日の前の晩、函館山に(ロープウエーで)登った。藻岩山での夜景は霧に阻まれて満喫できなかったが、函館山では天候が回復した。山頂の展望台からは、鼓を転がしたような夜景が足元に広がって見える(写真上)。周りの人々が息歓声を上げる。30年ほど前に見た時の感動が自分の中にも蘇る。
 翌日の函館も快晴。昨晩登った函館山を赤煉瓦倉庫群からカメラに収た(写真下)。
(16.8.27)

※関連記事がの「風わたる」のサイトにもあります。よろしければご参照ください。





 しばらく山に行っていない。このところ遠方に出かけることが多かった。今月の末にも出かける予定がある。以前は旅先でも必ずどこかの山に登っていたものだが、それもできなくなった。気温が高くてそんな気にならないのもあるが、なんといっても心臓の具合が芳しくないといのが理由だ。少し早く歩くだけでも、長い時間歩くだけでもあえぐような状態になる。これで山に登ろうというのはそもそも無理。それでも山への憧憬が収まらないのは山のよさ―澄んだ空気、早春の芽生え、柔らかな緑のにおい、稜線を吹き渡る風、立ち枯れの森の孤独、雪道の足音、そしてすべてを覆いつくす虚偽の白―を知ってしまったから。行けないとなると、さらに募る思いというもあるのかもしれない。
 先日、荷物の整理をしていたら奥からテントが出てきた。そのわきにはツェルとも丸まっている。どちらももう何年も使っていない。おそらくこれから先、(少なくとも山では)使うことはないだろう。それでも捨てたり、誰かにあげようという気にはならない。惜しいわけではない。もう二度と使わないだろう自分を認めたくないのかも。
 持ち上げてみるとぼってりと湿気を含んで重たい感じ。久々に虫干しでもしてやろうかという気になった。
 袋から本体を取り出す。フライシート(雨除けの外張り)とテント本体、骨組みとペグ(ロープを固定するための金属製の小さな杭)のセットが出てくる。骨組みを束ねていたゴムは湿気と熱のせいで溶けて張り付いている。ゴムをていねいにはがして、とり切れないゴムはベンジンでふき取る。
 本体とライシートは表で広げ、外気にさらし、日光を浴びせる。うっすらと甘い柔らかなナイロンの香りに包まれる。防水加工の香りかもしれない。嗅ぎなれた懐かしい香り。一気にテント生活がよみがえる。
 山での一戸建て・ワンルーム。フライシートの張り出し部分は玄関だ。靴や、やや大きめの荷物はそこに置いた。夏はメッシュ生地の入り口から涼しい風が流れ込んできた。暗くなれば満天の星空が寝ながら眺められた。寒いときはベンチレーション(テントの天井に張り出した、煙突のような空気抜きの穴)を通して眺めた星空。真冬の八ヶ岳行者小屋近くのテント場では、テントの中が霜で真っ白になったこともある。シュラフを二重にしてシュラフカバーをまとっても寒く、ダウンブーツを履いて寝たこともある。そんな時でも、中でコンロを炊けばあっという間に室内は暖かくなった。ペグが凍った地面になかなか刺さらず苦労したこともある。尾瀬では降雨に見舞われた。浸水するのではないかとひやひやしたが、テント内には一滴の水も流れ込まなかった。作りがしっかりしていることに改めて感謝した。
 雨飾や日光白根では目的地に到達せず、小広くなった登山道でビバーグしたこともあった。初めての雪中の幕営は八ヶ岳の黒百合ヒュッテ近くのテント場だった。雪の残る遠見尾根や唐沢でテントを張ったこともある。南アルプスの縦走ではテントにお世話になった。満員の北岳山荘を尻目に、ゆったりと横になれたのはテントのおかげ。塩見、百間洞、茶臼などでの幕営もいい思い出だ。誰もいない徳本峠でテントを広げたこともある。八ヶ岳双子池そばでテントを張った時の寒さは尋常ではなかった。池が凍り、時折樹木の幹が割れるような音が聞こえていた。もちろん地元の奥多摩の石尾根や雲取山荘近くでもテントのお世話になった。思い起こせばきりがいない。
 まる一日テントを乾かしてから路上でテントをたたむ。うまくたためるかどうか自信がなかったが、けっこう覚えているものだ。手際よくたたむことができた。小さくなったテントとともに、回想も消えた。今度はいつ(虫干しでなく)広げられるだろうか。はたしてそんな日が来るのだろうか。
(16.8.14)

※「山のページ」にはこのような雑感をつづるべき適当なスペースがない。そのことに改めて思いあたった。「山の掲示板」にはマイナールートのレポートが載せられるが、所感を記すには適当ではない。いきおい、写真と短文で構成した「山のアルバム」に載せることになってしまった。「風わたる」(「山のアルバムBN10」2015.5.23)に次いで2度目だ。写真のないアルバムになったが、お許し願いたい。








 先月、10日ほど広島・九州の旅に出た。そのまとめを書いていたが、けっこうなボリュームがあってなかなか仕上がらない。そうこうしているうちにカラッと晴れた日が続く。尻が落ち着かない。うかうかしていると梅雨入りも近い。気分転換もかねて山の空気を吸いに行くことにした。
 旅の疲れも残っているだろうし、体調もよろしくはない。軽く登れて景色のよいところ。山梨県石割山。忍野村の二十曲峠から1時間も歩けば富士の絶景が望める。
 車を飛ばして二十曲峠にたどり着く。駐車場からは確かに絶景が望めた。山頂ではさぞやと期待も高まる。しかし、なにごとも思惑通りにはいかない。富士山の山頂はわずかにのぞいていたものの、わきだした雲にほとんどが覆われている。
 それでもあきらめきれず、1時間ほど時間をつぶしたが、雲の動きに好意的な傾向は感じられなかった。
  山頂には、お二人で160歳を超えるというご夫婦が先着していた。先に下山されたが、ぼくよりもはるかに元気そうに見受けられた。
(16.6.3)













 「男坂・女坂」という名称も、ジェンダーフリーの時代にあっては随分じゃあないか。
 けっして男らしくはないと自認しているぼくみたいな者にとって、「男坂」を選んぶように無言の強制を受けているように感じるのはそのせいだ。だからこの道を選んだわけではないけれど……。
 心肺機能の極端な低下を感じるのは長い階段、だらだらした長い上り坂。坂道がアスファルト舗装をされている場合はさらにきつく感じられる。(世間的に見て)ゆっくり歩く正当な理由がないからだろう(それだけ世間の視線を意識しているってことだ)。
 たとえ急登でも、手足をフルに使って上る場合はこの限りではない。心臓への負担よりは、バランスやスタンス・ホールドに気を使うからだろう。そのうえ、ゆっくり登る「正当な」理由もある。なんといったって眺望がいい。
 若葉の茂れるこの季節になると、遠景の風景を見渡す機会がほとんどなくなる。特に伊豆ケ岳のある奥武蔵の山々ではその傾向が強い。だが、この男坂(写真上)は違う。登るにつれて景色が開けてくる(写真下 左手は二子山)。
 急な岩場の前には、目を遮るものは何も無い。 この男坂の最後の岩場の上で大休止するのがぼくの楽しみだ。
 今日もコーヒーと熱いお湯を用意してきた。確かにその2点はザックの中にあった。だがコーヒーカップがない。粉のインスタントコーヒーならばテルモスにそのまま混ぜればいいのだが、インスタントはインスタントでもドリップ式だから、受ける器がないとどうしようもないのだ。
 前回のカメラの件(「山の花」参照)に引き続き、今回も山頂での楽しみは果たせなかった。
  しかたがない、今回はコーヒーの香りに代えて薫風を胸いっぱいにしみわたらせよう。
(16.5.13)

陣馬形山





 「坂を登らず、楽して絶景を楽しめる山」、今の自分にピッタリのところだ。
 陣馬形山、ここに来たのはこれで3回め。
 1番はじめは2010年の12月、雪をかぶった中央アルプスが眼前にそそり立つさまに感動したものだ。季節的には車で登れるギリギリの時季だったろう。
 2回めは昨年の5月。曇りがちの日で、すっきりとした展望が得らず、かえすがえすも残念だった。他の用事のついでに赴いたので、天候は運にまかせるしかなかった。
 今回はその雪辱戦。天候をにらんで出かけたため、狙いどうりの風景を得られた。 天竜川がうねる伊那谷のその向こう、屏風を立てかけたかのように屹立する木曽山脈、まるでジオラマを見ているようだ。1回目に行った初冬の頃よりは雪もたっぷりかぶっている(写真上)。
  山頂に据え付けられている双眼鏡でコリメート撮影(望遠鏡の接眼レンズに直接カメラを接合させて撮影する方法)に挑戦してみる。ちなみに、この双眼鏡、なんと無料。このご時世に太っ腹なことだ。
  コリメート撮影は前にもやったので、少しは慣れていた。レンズの口径の狭いコンデジも持参してきた。そして撮れたのが左の写真。
 前回は、千畳敷を狙ったつもりが空木岳近辺だったというお粗末。今度はしっかりと狙いを定めた。宝剣岳(写真中央)やロープウエーの千畳敷駅(円の中心から少し左下)もはっきり写っている。
 フムフム、なかなか良い出来ばえではある。
(16.4.19)











 先達のお誘いで、今年もまたギフチョウを見に来ることができた。
 季節的にはど真ん中だったが、予定時間外の出発だったため、石砂山(いしざれやま)に登り始めたのが12時近く。おまけに超鈍足の自分のせいで登頂時間はさらに遅れる。
 すれ違う先行者の話では、山頂ではギフチョウが乱舞していたという。 午前中は、日差しもたっぷりで汗をかくくらいの気温だったが、次第に薄雲が広がり出す。
 最後の300mの急登を登っている時に、先に山頂に到達していた先達か坂を降りてきて、「ギフチョウは見られそうにないから、山頂まで行かなくてもいい」と親切にも声をかけてくれる。日の差し込まない山頂ではギフチョウの姿が見られるはずもない。
 先達は蝶の鑑賞が第一目的だが、ぼくの事情は少し違っている。 山を歩くこと、山の空気にひたること。そして、やはり苦しくとも、時間がかかろうとも、山頂を目指す気持ちがまだ残っている。 最後の300mを数歩登っては休み、また数歩と繰り返し、やっと山頂にたどり着いた。
 いつものことだが、まるでエベレスト登山だ。 山頂には先程までの暖かさはなく、人影も少ない。蝶が乱舞していた午前中は人でいっぱいだったという。
 人影の少なくなった山頂でコーヒーを飲み、遅い昼飯を済ます。
 山頂の南にある大きめの山は焼山だろうか。北側に見える目立つ山は石老山に間違いはないだろう。
 先達は別の尾根を下って、「春の女神」と言われるギフチョウを探している。先に昼食を終えていたので、時間を持て余しているのだろうか。
 「おーっ、いたいた!」と嬉しそうな声が上がる。なんとか1頭見つけることができたらしい。よかった。これで2人とも当面の目的を果たすことができた。あとは安全に下山すればいい。
 里に下りてから、再び(と言うのは、登る前にもいちど見かけていたのだ。)ギフチョウの姿をとらえることができた。 このチョウはまだ羽化したばかりで、あまり飛び回ることをしない。近寄っても、すぐに反応して逃げてしまうことがない。したがってカメラに収めやすいのだ。 こうして「春の女神」の撮影会に臨むことができ、手にしたのが左の写真。どちらも同じ個体だ。
(16.4.6)

景信山





 ひさびさの景信山。もうこの山に登ることはあるまいと考えていた。小仏から標高差にして400mから450m。今の自分には向かない山だ。
 前回登った八重山でさえあえいでいた。その標高差は200m強だった。
 はじめは景信山登山というより、ハナネコノメとカワセミの撮影が当面の目的だった(ハナネコノメはあったが、カワセミにはお目にかかれなかった)。小下沢沿いの林道を、鳥や花を探しながらキャンプ場まで歩いて来て、ここから景信山への登山道に入る。
 登山道の脇を流れている小下沢の枝沢に、ハナネコノメを求める。 ここにまでも楽な歩行ではなかった。それでも野草の写真を撮りながらゆっくり歩を進めた。だが、ここからは本格的な登山道になる。
 嬉しいことに、ハナネコノメが沢の中にちらほらと見受けられる。カメラを構えてピントを合わせる。写す角度を変えてみたり、範囲を調整したりしながら時間をつぶす。これが都合のいいことに休息になる。
 しかしハナネコノメが見られる箇所は短く、登山道もすぐに沢から離れてしまう。こうなると、あとは歩きつづけるしかない。
 鳥はいないかとあたりを見回して、あえて歩みを止める。数人の人に追い抜かれる。傾斜が急になると途端に息が切れる。
 「息が切れる」と書いたが、実感的にはみぞおちのあたりが重く硬い感じだ。数歩歩んでは立ち止まり、また歩き出すことを繰り返す。こんなことをしていたら、体に悪いんじゃないかという思いがふと頭をよぎる。
 前にも何回か書いたが、まるでエベレストを歩いているようだ。そこでは酸素が地上の1/3くらいしかないため、数歩歩いては休み、また数歩足を出すことを繰り返して頂上を目指すという。こんな低い山でそれに匹敵するような苦痛を強いられるのは、自分体調が悪いせいだ。それを承知でやって来たのだから誰にも文句は言えない。
 やっとのことで小仏から来た道と合流する。ここからがまた急登の連続だ。登山者も多い。あとから来た人に道を譲る。
 いい被写体がないかさがし(時にはふりをし)ながら。「あーしんどい」などという声を聞くと共感を覚え、嬉しくなってしまう。自分の品性の下等さ丸出しだ。
 途中で引き返すという選択肢もあったが、ここまで来てしまうと、なんとしても頂上にたどり着きたくなる。山頂が見えてくると辺りの景色も明るくなり、展望も良くなる。遙か彼方に西武ドームが日差しを受けて輝いている。
 山頂に近づくと、頭に雪をかぶったに丹沢連山が見えてくる(写真上)。ちょうど東側の展望デッキの先だ。山頂はこの一段上。重い体を引き上げるようにして最後の重い一歩を踏み出す。
 山頂は雲一つない快晴。気温が高かった割に乾燥しているせいだろうか、見晴らしはいい(写真下) 。新宿副都心のビル群も見える。かすかにスカイツリーも確認できる。奥多摩の山々や大菩薩連嶺は真っ白になっている。南の杉林の間には富士山と大室山がすぐそこに見えている。
 もう一度北側の展望デッキに戻り、コーヒータイムとする。コーヒーの香りが鼻腔に心地いい。
 ここにいる自分にほんの少しの自己満足を感じる。また来るとはけして誓いはしない。今、このときを大事にしたいから。
(16.3.17)

八重山






 このところ、登山地図には載っていないような山ばかり歩いているような気がする。
 以前は、登山地図に載っていないのは同じだが、バリエーションルートを好んで歩いていた時もあった。エライ違いだが、これが現時点での自己の実力だと考えれば、自己否定のマイナス思考に陥るより今を楽しんだ方がいい。
 八重山は上野原駅と笹尾根の間に位置する530mほどの低い山である。登山道はよく整備されていて(大きな解説掲示板があちこちにあり、少しうるさいと感じられる向きもあろうが)、尾根道・谷筋・巻き道・複数のピークと変化に富み、季節折々の花も見られるところである。
 山名の由来は、上野原で生まれ育った水越八重子さんという方が、自己の山林を上野原に寄付されたことからことによる。山頂近くにはその由来を刻んだ石碑も建てられている。
 山頂近くには展望台(写真左)も設けられており、そこからは丹沢山系から富士・扇山が見渡せる(写真上)。さらに北に目を転じれば、三頭山にいたる笹尾根のやさしい稜線も見られる。
 上の写真でいうと一番右のピークは、ご本尊の八重山である。そう、この場所は八重山自体ではない。本体の八重山は一つ先のピーク。
 かくいう自分も、右のピークを能岳だと誤認していた。先の石碑も本来の山頂手前のこのピークにある。ここに設置したのは、本来の山頂よりも、展望の良さを優先したのであろう。

 今回は、登山道入り口となる山裾の駐車場から歩き始めた。標高差は200mぐらい。なだらかな道のりならまだなんとかなるが、急登となるととたんに足が出なくなる。そのためもあって、今回も超スローペース。
 本来なら2時間半もあれば楽に行ってこられるところ、4時間近くかかってしまった。だがそれもまた良し。悔やむよりは超スローペースを存分に楽しもう。
(16.3.4)

鷹取山




 上野原原からバスで騒い入口まで行き、鷹取山に登る。
 登山地図(昭文社エアリアマップ1992版)にも載ってないような、標高472mの低い山だ。
 以前ネット化何かで藤野駅までのルート紹介を見かけ、一度は歩いてみたいと思っていた。高い山や長距離の歩行が困難になった今の自分にはおあつらえ向きの山になった。
 山頂からは陣馬山から生藤山に至る稜線が望める(写真上)。枯れ枝ばかりになったこの時季の特典だ。少し南に下ると開けた所がある。そこからは上野原の町並みが見え、背後の秋山の山々越しに、覗きこんでいるような富士山の頭が遠望できる(写真左)。
 低い山だから週初めに降った雪もそれほど残っていないだろうと高をくくっていたが、南面以外はほとんど雪面が広がり、日の当たらないところはスパッツ・アイゼンがあったほうが良かったくらい。
 それでも、久々の山歩きと雪道の感触をゆったりと堪能できたと、負け惜しみでなく言える。
 雪のせいにはしたくないが、途中でルートを誤って上沢井にひき下ろされてしまい、藤野までの縦走はかなわなかった。
 バスの運行時間にも恵まれず、その後は長い道路歩きが待っていた。 (16.1.28)


宝登山






 トップの写真に「宝登山山頂」と書くのも気恥ずかしい。なにせ、今日歩いたのは駐車場からロープウエーの乗り場まで。あとはロウバイ園で花を鑑賞しながらふらふらと行けば山頂なのだから。
 それでも降雪後数日しか経ておらず、園内はもとより山頂からの秩父の町並みや、奥武蔵から奥秩父に至る山並みがくっきりと見渡せる(写真上)。 ロウバイと山の組み合わせも撮影の楽しみだ。
 下手な写真も、雪化粧した背景のおかげで少しは見られるものになったのではないか。左上が武甲山とロウバイとの、左下は両神山とのツーショット。
 今日はもう、あの稜線を歩き通したなどということははあえて言うまい。
(16.1.21)



これ以前のデータは「山のアルバム バックナンバー10」に保存してあります。
                




トップ アイコン
山のページ保存版
アイコン
山のアルバムBN.13
山のアルバムBN.12
山のアルバムBN.11
山のアルバムBN.10
山のアルバムBN.9
山のアルバムBN.8
山のアルバムBN.7
山のアルバムBN.6
山のアルバムBN.5
山のアルバムBN.4
山のアルバムBN.3
山のアルバムBN.2
山のアルバムBN.1

アイコン
山の花BN.13
山の花BN.12
山の花BN.11

山の花BN.10
山の花BN.9
山の花BN.8
山の花BN.7
山の花BN.6
山の花BN.5
山の花BN.4
山の花BN.3
山の花BN.2
山の花BN.1

アイコン
山の掲示板BN.3
山の掲示板BN.2
山の掲示板BN.1

アイコン
山の本

アイコン
山の壁紙