こちらは「東京アプリ 生活応援事業」関連の記事等の資料を表示するページです。
   6月7日「東京アプリ生活応援事業は不当だ! 原告と市民の会」に関して

 【市民活動のひろば6月号 No.241】
   


 
260529週刊金曜日1570号「金曜日のはらっぱで」
 
 


東京新聞の昨年の記事から2つ取り上げます。この記事が載ったのは2025年の3月と12月です。
この記事を書いた記者さんは奥野さんといい、2026年5月25日の記事を書いた方です。同日の記事の方、河内さんの連絡先も教えていいただきました。
かなり早い時期から東京アプリの問題を指摘していたことに敬意を表したいと思います。
2025年12月26日


2025年3月24日





※新聞記事に添えてある文は、Facebookに書き込みしたものです。




―ここにもまた被害者が―
 スマホを操作できない視覚障害者は、「東京アプリ生活応援事業」を受給できる権利を奪われている。

 スマホの所持前提、スマホを使いこなせること前提、東京府プリをダウンロードすることが前提、期限内のマイナカード所持前提こんなことが全て満たされなければ支援されない公共事業ってなに?! (15歳以上が前提、都内で住民登録してあることが前提、これについてはまた別の意味で問題がある。興味のある方は「「東京アプリ 生活応援事業」は公共事業とはいえない」をご覧ください。)
https://drive.google.com/.../106SFuuFp4jLoBKRTrkm.../view...

 公共事業は、その資格を有する者すべてが受給する権利があるはずだ。
これまでにも何度も述べているとおり、そもそもこの制度は、従来通りの窓口での手続きによる現金支給というと仕組みを設けていない、そのことが公共事業として決定的な欠陥である。
 100歩譲って、このような仕組みを作ることは認めたとしよう。しかしそれ以外の方法で生活支援を受給できないとなれば、これはデジタル偏重主義であり、デジタル弱者の切り捨てに他ならない。あくまでも原則は窓口申請、現金支給が原則だ。
 給与だって現金支給が原則なのだ。「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」(労基法第24条) これをポイントなんかで支払われたら、たまったもんじゃない。
 ポイントは現金とは異質なものであり、限られた場面(とりわけデジタル世界)でしか使えない。現金であれば、販売者はその式来方法を拒否することはできない。
 これと同じように、公共事業としての生活支援であるならば、東京都は窓口申請、現金支給を原則とすべきなのだ。そのうえで、ポイント支給の方が便利だと考える人たちに「東京アプリ生活応援事業」を用意するのが本来の行政のなすべき方法なのだ。
 ところが窓口申請、現金支給をいっさい排除して、デジタル申請のみにしてしまったこと(いわば「義務化」だ)で、スマホを持たない、持っていても近いこなせない(視覚障害者を含む)人たちばかりでなく、他にも大きな問題が派生している。
マイナカードの取得が必須であることがそれだ。マイナカードは様々な理由(情報漏洩の恐れ・管理強化に対する危険視)から持たない人もいる。法的にもその所持は義務化されているわけではない。「行政手続における特定の個人を識別するための番号の利用等に関する法律」の第16条2項には月瀬のように書かれている。「機構は、政令で定めるところにより、住民基本台帳に記録されている者又は戸籍の附票に記録されている者(国外転出者である者に限る。第四項において同じ。)の申請に基づき、その者に係る個人番号カードを作成するものとする。」「機構」とは地方公共団体情報システムのこと。
 これを義務化しようなどと、法案提出を政府に働きかけようとしているいうトンデモナイ奴ら(自民党)もいる。「東京アプリ生活応援事業」をすんなりと認めてしまえば、そのようなヤカラに力を与えることにもなる。だからこそ、ここで踏ん張らねばならないのだ。
(2026.5.25)

 
 民事訴訟のデジタル化が本日(2026年5月21日)から全面施行された(5.21東京新聞記事参照)。
今更ながらだが、日弁連はこれに対しどのような立場を取っているのか調べてみた。一定の懸念を表明しながらも、基本的には最高裁の方針に寄り添う姿勢を取っている。
https://www.nichibenren.or.jp/150th/special/07.html

いっぽう、民主法律協会では反対の立場を表明している。
https://www.minpokyo.org/activity/2021/12/9077/

民法協を除けば、日本の弁護士はこの体たらくである。ここには、東京アブリ 生活支援事業の実施と共通する問題がある。デジタル化一本やりで、紙の手続きという従来の方法を認めていないことだ。これは「デジタル化の強制」に他ならない。
ただし、本人訴訟についてはこれを認めている(民法協などの反対の成果か?)。
では、原告が本人訴訟、被告が代理人弁護士を立てた場合、実際の法廷ではどのような絵柄になるのか想像してみよう。裁判長とパソコンと原告だけの法廷、これで裁判の公開性(憲法第82条)が保たれるのか疑問だ。憲法違反も問われかねない異常な事態だ。これが原告・被告とも弁護士を代理人に立てた場合はもっと寒々しいものとなる。
裁判のデジタル化は、隠密裁判に繋がる危険なものだ。
(2026.5.21)















 マイナカード取得後、廃止されたカードが93万枚に及ぶ(5月16日東京新聞)というのに、その取得を義務化する政府への提言が、自民党から発表された。マイナカードの利便性よりは、情報漏洩の危険性が指摘されているにもかかわらずだ。
 そもそも、「今なら最大20000ポイント付与」などという餌で釣らなければ、その取得が増えなかったシロモノだ。これを義務化するなどもってのほかだ。本当に便利で安全なものら、エサで釣らなくともすすんで取得するだろう。人びとがそうしなかったのは、便利でも安全でもないと判断し、漠然とした危機感を感じていたからではないか。
その危機感とは、カネの出入りの完全把握されること、反国家的な行為・人物のチェックされること、徴兵制への地ならしとされることとみるのは穿ちすぎたろうか。国家情報局の設置やスパイ防止法などが現実的な脅威となっている昨今、けして杞憂ではないと思うのだが。(2026.5.19)












































 マイナカードとその利用拡大を狙って実施されたマイナポイント事業の矛盾が、ここに至って明らかになっている。「マイナポイント最大2万円付与」の予算1兆円も破格だが、その宣伝に欠けた費用もばかにはならないだろう。報道によると、25年7月末時点でマイナカードが廃止されている(2026.5.16東京新聞)。マイナカードを持ち歩くことの危険性、他の情報等の紐付け(ミスも含む)などから、廃止を判したのだろう。もらうものをもらったら、さっさとマイナカード使用などやめてしまう、庶民の知恵として極めて健全だ(それでもまだ、ダラダラと使い続けている人も多いが、)。
 それにつけても「東京アプリ 生活応援事業」の矛盾や不公平感に批判の矢が撃ち込まれないのが不可解。投入される予算額(総額1,249億円)も、宣伝のための費用もマイナポイントと似て破格だ。
 「東京アプリ原告団」では、原告となってくれる方を募集している。ともに闘おう!
(2026.5.17)


新聞記事等
発信した文書 こちら   原告の主張 こちら